過去のコラム(※旧志摩町長時代に広報志摩に掲載したものです。) 

2004年

 

 

■2000年

■2001年

■2002年

■2003年

 

  2月 樹木医

    先月の広報志摩で紹介しました、おりきさんの松をはじめとして、この町にはたくさんの珍し

   い木や大切な木が数多くあります。志摩からアメリカへの移民の歴史を伝えるこのニューカ

   レドニア松、そして冬でも葉の落ちない布施田のトキワガキ、また御座黒森のツブラジイの

   群落、御座不動院境内のビランジュなどもそうです。

    そして私たちはこれらの木々を地球のためにも自分たちのためにも保護し健康に未来に

   つなげて行かなければなりません。

    おりしも昨年、全国で百名ほどしか合格しない、樹木の診断と治療、後継樹の保護育成、

   樹木保護を専門とする樹木医が、この志摩町に民間ですが、昨年一人合格、誕生しました。

   この樹木医の試験では、業務経験七年以上を受験資格としていることから林学や農学を

   専攻とする大学や研究所の教職員や研究者をはじめとした専門色のつよい受験者、並み

   居る強豪の中での合格でした。しかも平成十五年度の三重県での合格者はただ一人だっ

   たということです。そこでこれからは、安全な地元作物の育成や心休まる自然の緑の保持、

   そしてこれらの珍しい木や歴史的に大切な木、環境に配慮した植物群の保護育成に、JA

   はもちろんですが樹木医の方にも参加をしていただき、みんなでこのまちの緑の環境にこ

   ころくばりをしていきたいと思います。

 

  5月 朝市

    地元に慕われながら地産池消を地でいく越賀の朝市の成功と長い歴史を思い描きながら、

   先月桜にさそわれて川辺の朝市に行きました。

    風に舞うピンクの花びらの風情ある中、たくさんのお客さんで活況を呈していました。

    行きかう人たちも華やかで見るも聞くも楽しい品定めのうちに、朝市を代表する方とお話の

   機会を得ることが出来ました。

    話は世間話から朝市の設営にいたるまでに至り、朝市開始より今日までの2年間の継続

   と初期の苦労話にまで及びました。

    中でも始めるまでの仲間作り、始めてからの課題克服と工夫の連続、自分たちへの意識

   啓発、一般に定着するまでの不安、また何よりも最初はとにかく続けることに精力を注ぎ、

   利は二の次であった事、そして今は、利は本よりだがお客様の喜ぶ姿が嬉しい事とこの朝

   市がまちづくり活性化に資していることが無常の喜びとお話されました。

    ともすれば他力本願の多い中、自分達だけで環境整備と最低限の行政への働きかけを

   された事に多いに敬服をすると共に今後の進展にすこぶる期待を高ぶらせて頂きました。

    そして、商店の元気おこしと町の元気おこしに、活性化への志と心ある人達への情報提

   供、動機付けと誘導導引、その後支援を行政としていかに図るべきなのか再考させられま

   した。

    しかし、この朝市に見るごとく基本は公平な感覚と自覚した何人かのリーダーの存在と、

   共に行動する仲間が不可欠であることは間違いのない事であり、改めて「まちづくりは人

   づくり」の感を強くさせられました。

 

  8月 緑のトンネル

    仕事柄よく伊勢道路を利用します。梅雨から夏に向かうこの時期、車でここを駆けると、

   の道路沿いに自生する力強い幾多の木々が、葉音も健やかに、さわやかな新緑と濃緑

   を身にまとい、強い太陽から赤子を守る母親のように枝を重ね、ゆらぐ光で走る車を包み

   込みこんでくれます。まさにその様子は緑の天蓋さながらで、明るく長い緑のトンネルに

   入ったような錯覚を覚えます。少し見上げればこずえの向こうにはきーんとした青い空と

   白い雲が見え、その自然の織り成す美しさに思わず心が弾み、笑みがこぼれます。しか

   し一旦道路に目を落とすと、路肩とかがけ沿いに、多くの空き缶やごみがそこかしこに散

   見され、その不条理に少し憂鬱になります。季節はこれから観光の盛夏に移っていきま

   すが、この志摩を訪れるお客様が豊かな自然を楽しみいやされ、人情に感嘆し、味わい

   深い豊な食に舌鼓を打ち、感動の思い出を志摩でつむぎ、毎年、志摩を訪れるゆるぎな

   いリピータとなっていただき、共にこの地域の元気に力おしをいただくために、私達は清

   潔感にあふれた道路等をはじめとした豊かな景観を提供する必要があります。拡大の可

   能性を持つ観光産業のさらなる進展を望み、共に生きるためには、この様なポイ捨て被

   害の現状に私達もことさら関心を持ち、まず観光地に住む私達自身から身を律して、ポ

   イ捨てを一掃しなくてはいけません。もう一度、町政進展、またこれから迎える志摩市の

   ためにもごみの分別の徹底、ポイ捨ての一掃にご協力をお願いします。

 

  6月 町から市へ 

    私は7月になると、なつかしく思い出すことが二つあります。それはアメリカの独立記念日

   7月4日と、京都のある喫茶店のことです。

    私は19歳のころ、京都で半年ほど暮らしたことがあります。今から34年前のことです。

   そして、一人暮らしの身軽さと、そのころの若者の常で、朝食はよく喫茶店のモーニングサ

   ービスで済ませていました。

    店の名前はアメリカ屋で、通ううちにいろんな話をしたりして、いつしかそこの方とも親しく

   なり、心も通い合い、ふるさとを離れての寂しさもいくらか薄らいだことでした。そして、その

   年の7月4日に訪れると、お店が華やかに飾り付けられ値段も半額サービスで、今日はな

   んの日か尋ねると、そこのご主人が開業のとき、自分の独立をアメリカの独立になぞらえ

   て店の名前も志し高く、アメリカ屋とつけたそうです。

    そんな話を楽しく聞くうちに、7月4日がアメリカの独立記念日であり、そのきっかけが紅

   茶の税問題に端をはっした事、そして正式に独立が勝ち取れたのは独立宣言後7年もあ

   とであったことも知りました。

    そして昨年何十年ぶりかに京都に行く機会を得て、そのお店を訪ねてみると、店の名前

   はそのままでしたが、店構えもかわり楽器店に変わっていました。懐かしい中にお話を聞

   くと、主客であった学生の動向と世の流れで喫茶だけでは経営が難しく、そこの地域のニ

   ーズに合わせて商売変えをしたそうです。今、志摩も町から市へと変わりますが、合併が

   住民の生活に良かれと残り少ない期間ですが頑張りたいと思います。

 

  8月 合併が

    例年になく、うだるような夏の暑さと、時折煮え立つような残暑も今は過ぎて、朝夕に涼風

   を感じ、さわやかに空は青く、海幸も多彩に、実り豊かな黄金の秋がやってきました。

    そしてそれに合わせるかのように来月の一日には志摩市が産声を上げます。

    景気低迷と少子高齢化の進展する中で、住民の将来を守り、今懸念される生活の不安の

   数々を払拭するがための手段として、私達は合併を選びました。

    その合併が今ようやく実ろうとしています。しかし合併にいたるまでの五町での地域住民

   を守らんがための数々の激論や調整はまるで夏の日差しのごとくに元気に熱く、その後の

   整理は田のあら草を抜き取るような大変な作業の連続でした。

    でもおかげさまで今は秋の実りを刈り取るように来るべき日に備えて粛々と合併準備が

   進められております。本当にこれまでこの合併にご理解とご支持をいただきました住民の

   皆様方にはこころからお礼を申し上げます、ありがとうございました。しかし本当に合併の

   成果をつかみ取るのは合併してからのことです、住民の未来の安心安全を高めるための

   手立てとしての合併ですから、すべてがばら色とはいいがたい所もありますが、すべてを

   ばら色に変えるがために行政も組織を一新して、五町が心を一つにして頑張りますから、

   皆様もなお一層のご理解とご協力をお願いいたします。

    本コラムもこれで最後の幕を閉じますが、この二期五年間、住民の皆様お一人お一人

   のこれまでのご理解とご協力に心からのお礼を申し上げます。

    ありがとうございました。

 

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