@「竜宮井戸」

   むかし、まだ片田村が、わずか四十軒にたりない村じゃたころ。麦崎の沖に、青くすみきった深いところがあってのう。

  あまりにも深いので、ふだんはだれもかずき作業に行かなかった。ところが、ある天気のよい日に、若い九人の海女さんたちが

  「あそこは今までだれも行っていないのだから、アワビやサザエがいっぱいおるにちがいない。言ってみようか。」

  「うん、行こう、行こうや」

  とみんなが賛成してのう。さあ、行ったところが、いるわいるわ大きなアワビやサザエがわんさ、わんさと獲れたそじゃ。

  よろこんだ九人の海女さんたちは、無我夢中になって、入れかわりたちかわり浮かび上がっては、吐く息とともに出る磯笛

  の音もきもちよく、静かな波のうえにひびいておった。

   ところが、夕方近くになり鳥も寝ぐらに帰るころになっても、九人の海女さんは、ひとりも家に帰ってこなかった。

  「これはただごとではないぞう!」

  と村ぢゅう総出で付近いったいをさがしたが、九つの磯おけだけが波間にただよっているだけで、海女さんたちの姿はついに

  ひとりも見つからなかった。

   村の人たちは

  「おそらく竜宮につれられて行かれたんだろう」と言いあって探すのを打ち切った。

   その日は、旧の六月十三日のことじゃった。

   それからは、その場所を『竜宮井戸』といって、村の人たちはその日を帰ってこなかった九人の海女さんたちの命日として、

  幾百年このかた、この日を『いそど日待ち』といって、海女さんはことごとく海の仕事を休み、小さなおけを九つ作り、これに

  白米三升三勺で作ったもちをひと重ねずつ入れて、竜宮井戸の向かいの岸にあたる麦崎のま下の『竜宮ぼっち』へ供え

  に行くことにしとるんじゃと。

   これはのう、一つには海神さまのみ心をやわらげるとともに、九人の海女さんたちのめいふくを祈るためだといわれておるんじゃ。

   『竜宮ぼっち』に供えおわると、海女さんたちはそれぞれ組宿に集まって、夕ごはんを食べながら、夜遅くまでむかしばなしを

  するそうじゃと。

 

  (志摩町の昔話−志摩町教育委員会編纂より転載)

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